医師の働き方改革に欠かせない複数主治医制とは?半年間実践した効果を検証

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長時間労働が常態化している医師の勤務状況を踏まえて、2017年8月より政府主体で「医師の働き方改革に関する検討会」が議論されています。その中でも、医師の過重労働に対する解決策として「複数主治医制」が注目を浴びています。

複数主治医制は果たして医師の過重労働の解決策になり得るのか?私の勤務先で実際に実践してみて感じたメリットとデメリットを中心にお話ししたいと思います。

なお、前回の記事でも複数主治医について触れています。

先日、東京医科大学(東京医大)が女子の点数を一律に減点する不正入試を行い、女子の入学者の割合が増えないように調整していることが問題になり...

複数主治医制とは?主治医制との違い

日本の多くの病院では、一人の医師が一人の患者さんを一対一で対応する「主治医制」が取られています。患者さんの主治医となった医師は外来では定期的に診察を担当し、その患者さんが入院中であれば日々診察を行い治療方針を立てます。

主治医がその患者さんの病状を最も把握しているので、何かあれば全て主治医が対応することになります。患者さんが入院していれば、帰宅した後でも休日であっても主治医の対応が求められます(簡単なことであれば病院内に待機している医師が対応することもあります)。

「主治医制」で入院患者を受け持つ医師は、病院にいない時でも病院に拘束され、患者さんに行う医療行為の責任を主治医が背負っていると言えます。

それに対して「複数主治医制」では一人の患者さんを複数の医師で構成されるチームで担当します。主治医となる医師それぞれがその患者さんの情報を共有しているので、主治医の一人がオフの場合は手の空いている他の医師が対応することができます。

「複数主治医」では患者さんに対応する時間と医療行為に対する責任を複数人の医師で分散することができると言えます。

実際に医師数の多い大きな病院では複数主治医制が導入されているところがありますし、私の勤務する外科でも2018年4月より導入されました。

それでは続いて、当院の外科で実践している複数主治医制の詳細についてお話ししたいと思います。

当院の外科における複数主治医制の詳細

私の勤務する外科では、これまで主治医制で診療を行っていました。しかし新年度から外科医が一人増員になることが決まり、人員的に余裕ができるため、二人一組のチームで一人の患者さんを担当する複数(この場合は二人)主治医制を導入してみることに決めました。

実際に新年度が始まり、マネージメントを行う外科部長を除く、外科専門医の資格を持つ医師と専門医取得前の外科専攻医(卒業後3~5年目)の医師でペアを組むことになりました。私は専門医の資格を持っていますので、後輩の外科医とペアになっている状況です。

まず、朝と夕方チームで受け持っている入院患者さんの治療方針についてディスカッションを行います。そして、診療行為によって二人で一緒に行うものと、それぞれ個別に行うものをある程度決めています。

同一チームの二人で一緒に行う診療行為

外科の入院患者さんは、基本的に手術を受ける目的で入院することがほとんどで、入院した患者さんに対して以下の診療行為は原則二人で当たっています。

  • 手術前後の説明
  • 手術
  • 入院中の各種処置

当外科ではほとんどの場合、予定入院の患者さんは、入院した後に主治医と顔をあわせることになります(緊急入院の場合は外来で診察した後そのまま主治医として持つことが多い)。主治医となった二人の医師は、患者さんが入院した後、挨拶を終えたらそのまま二人で入院中に行う手術の説明を行います。

手術の説明は、どちらかが前半部分を説明しもう一方が後半部分を説明するパターンか、どちらかがメインで行いもう一人が補足説明を行うパターンを取っています。そして、手術はもちろん二人で入り(三人で行う手術はもう一人他のチームから借りる)、どちらかが執刀医、どちらかが助手を行います。手術が終われば、手術の状況などの説明は二人で行います。

また、患者さんの入院中にCVカテーテル(カロリーの高い点滴を行うために首や鎖骨の下の太い血管から入れる点滴の管)の挿入やドレナージ(お腹に管を挿入する処置)など、医師が行わなければならない処置が必要な時は、原則的に二人で行っています。

同一チームの二人がそれぞれ個別に行う診療行為

チームで臨む診療行為に対して、以下の診療行為はそれぞれ個別に行っています。

  • 病室での診察
  • カルテの記載
  • 採血結果等の説明

入院患者さんの診察は一日に数回病室を訪問して行いますが、そういった日々の診察は個別で行うことが多いです。ただし、これは個別に行うことが多いというだけで二人で診察することもあります。そして、診察した内容をカルテに記載するのも個別に行います。現在は電子カルテを用いていますので、お互いがどのような診察をしたかをカルテ記載を通じていつでも見ることができます。

また、手術後の患者さんには定期的に採血やレントゲンの検査を行うことがありますが、この結果についても病室での診察時に個別に説明します。もちろん二人の医師によって違う見解の説明がなされる可能性を考慮して、検査の結果が出たら一度チーム内でディスカッションし、意見を統一するようにしています。

複数主治医制を実践して感じたメリットとデメリット

複数主治医制を導入し、予想していた通りのメリットもあれば、当初あまり考えていなかったデメリットにも気付きました。

実際に半年間実践してきて感じた、メリットとデメリットをあげて行きたいと思います。

複数主治医制を実践して感じたメリット

まずは複数主治医制を導入して感じたメリットを挙げていきます。想定していた以上のメリットが沢山ありますが、特に実感するメリットは以下になります。

  • 休日の診察を分担して行える
  • オフの際に病棟からの連絡回数が減る
  • 処方や検査に抜けがないかダブルチェックできる
  • 合併症が起きた時などに責任を一人で抱え込まず共有できる

それぞれのメリットの詳細を説明していきます。

休日の診察を分担して行えるメリット

当外科では、土日など休日は当番を決めて外科の入院患者さん全員の回診(病室での簡単な診察と処置)を行なっています。しかし、手術して間もない患者さんや状態が悪い患者さんは主治医でないと病状を把握しきれないことも多く、休日であっても主治医が個別に診察に出向くことが習慣となっています。

複数主治医になってからは、休日の診察はどちらかが分担して行うようになりましたので、一人は完全に休みを取ることが出来ます。

オフの際に病棟からの連絡回数が減るメリット

当外科では病院用のPHSを常に持ち歩かなければならず、帰宅後や休日に病棟から電話相談されることがあります。しかし、これも複数主治医制になって二人の主治医に連絡が分散されるため圧倒的に減りました。また、減った原因としては次にあげるメリットも活かされていると思います。

処方や検査に抜けがないかダブルチェックできるメリット

基本的に二人で処方薬や点滴、検査などを検討するので、ダブルチェックを必然的に行うようになります。処方忘れなどのミスが事前に防げるので、これは患者さんにとってもメリットになると考えられます。また、処方の抜けなどが減るため、帰宅後に「明日からの薬が処方されてません。」などといった病棟からの連絡を減らすこともできます。

合併症が起きた時などに責任を一人で抱え込まず共有できるメリット

手術や検査では時に合併症(行なった処置がもとになって起こる病気)が付きものです。例えば腸を切って繋ぎ合せる手術を行った後、うまくくっつかずに腸の内容物がお腹の中に漏れて腹膜炎を起こした、などが合併症に当たります。

どんなに注意して手術や処置を行っても一定の確率で起きるものですが、主治医は責任を感じがちです。複数主治医制では、手術や処置も二人で行ってますので、こういった合併症が起きた時に一人でで抱え込まずに二人で冷静に対処することができます。

これは労働時間の短縮と結び付くメリットではないですが、精神的な負担はかなり軽減されると感じています。

複数主治医制を実践して感じたデメリット

続いて、複数主治医制を導入して感じたデメリットを挙げていきます。個人的にはメリットの方が大きいと感じているのですが、実際に感じるデメリットは以下になります。

  • 把握すべき患者さんの数が主治医制に比べて増える
  • お互いの治療方針がずれが生じることがある
  • 手術の際どちらが執刀するかバランスを取るのが難しい
  • 病棟のスタッフ(看護師・薬剤師など)がどちらの主治医に報告すべきか迷うことがある

それぞれのデメリットの詳細を説明していきます。

把握すべき患者さんの数が主治医制に比べて増えるデメリット

複数主治医制を導入して感じた最も大きなデメリットは、把握しなければならない患者さんの数が増えることです。二人のチームで患者さんを受け持つと、それぞれが主治医制で受け持っていた患者さんの数を合算してチームで受け持つことになりますので、把握すべき患者さんの数は単純計算で2倍になります。

ただし、その代わりに休日の診察を分担して行えるので、オンオフをはっきりつけられるようにするための代償だと思います。

お互いの治療方針がずれが生じることがあるデメリット

治療方針について主治医間で意見が割れることがあります。例を出すと、抗生剤の点滴をいつまで続けるか、絶食の患者さんの食事をいつから開始するか、など医療には100%の正解がないことも多々あり、そのような時は各医師の経験に基づき治療方針を定めますので、どうしても多少の意見のずれが生じます。

幸い私のチームは今のところ、治療方針が割れた時はお互いの意見を尊重し、どちらかが譲歩して対立することなく方針はすぐ決まっています。しかし医師の中には少なからず自分の方針を譲らないタイプがいるため、そういう医師がチームにいると円滑な治療の妨げになる可能性もありえます。

手術の際どちらが執刀するかバランスを取るのが難しいデメリット

複数主治医制では手術にはチームで入ることになりますが、メインで執刀する医師は一人になりますので誰が執刀する医師となるかを決めることが難しい場面もあります。

私は後輩とペアですので、なるだけ執刀を経験してもらおうと手術では助手に徹することが多くなったのですが、自分自身の技術を向上させるためにもある程度は執刀しなければなりません。またある程度難易度の高い手術などは、後輩の成長のために執刀させるべきか、円滑に終えるために自分で執刀するべきか、など迷うことがあります。

最近は、執刀医と助手を交互に行うようにしたり、難易度の高めの手術は初めは後輩にあるパートだけ執刀してもらい、徐々にそのパートを増やしていく、などという方法を取ったりするなどの工夫を行なっています。

病棟のスタッフがどちらの主治医に報告すべきか迷うことがあるデメリット

最後に、これは病棟のスタッフ側にとってのデメリットになりますが、患者さんに関する報告や連絡をどちらの医師にすべきか、という問題があります。二人ともに電話連絡をすると二度手間になってしまいますし、一人に連絡が集中すると負担が増しますので、なかなか悩ましいところです。

今のところ、電話連絡の際はどちらに連絡するかは病棟スタッフにまかせて、連絡を受けた方が同じチームの医師に伝達するようにしていますが、メールでの連絡は同じチームの二人に一括送信してもらうようにしています。

医師の働き方改革に欠かせない複数主治医制のまとめ

以上、「複数主治医制」を半年間実践して実感したメリットとデメリットをお話ししました。複数主治医制に対する現在までの私の感想をまとめると以下のようになります。

  • 複数主治医制の導入で時間的・精神的に負担が軽減された
  • 治療方針はチーム内でしっかりとディスカッションする必要がある
  • 病棟スタッフからの報告をチームのどの医師に行うかなど改善が必要

メリットもデメリットも感じ、まだまだ改善の余地を感じる当外科に置ける複数主治医制ですが、全体的にはメリットの方が大きいと感じています。

医師の働き方改革を進め、労働環境を整備していくにはまだ様々な解決策を導入していく必要がありますが、複数主治医制は間違いなく医師の過重労働改善の解決策の一つとなり得るのではないかと実感しています。

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コメント

  1. kintya より:

    はじめまして。
    大学病院で勤務中です。

    2人主治医制のチームは固定されているのでしょうか?

    今の施設はスタッフ(助教以上)、医員、研修医の3人担当医になっております。担当医の組み合わせが患者ごとに異なるため、患者ごとにミーティングすることになり効率が悪いと感じております。
    別の施設のときは、担当医3人を固定して患者を見ていたので、朝夕のチームミーティング1回のみで全患者の方針が決まり、効率が良かったと感じています。

    チームで不仲になった場合の不具合など、固定することのデメリットも感じます。
    先生のところがどうなっているか教えてもらえたら参考になります。

    よろしくお願いします。

    • 総合外科医Dr.T より:

      コメントありがとうございます。
      私の施設では2人の固定制で行なっております。やはりメンバー固定で行うことで、手術をする上でも次第に慣れが生じてスムーズに進むことも多く、ミーティング(と言っても規模は小さいですが)もスムーズに行きます。多少意見が割れることもありますが、そこはお互い納得しあえる妥協点が見つかるまでディスカッションする必要があるかと思います。

  2. […] ※交代制や複数主治医制に関しては、現場に立つ医師でもそのデメリットの面が気になって導入に至れないという場合もあるかと思います。これに関しては、総合外科医Dr.T先生が複数主治医制を実践した上でのメリット・デメリットについてまとめていますのでそちらも参考になるかと存じます。 […]