プロフィール

当サイトでは現役の外科専門医の立場から、医療全般に関する疑問や問題に答えていきますが、ここでは私が外科医を志してから現在に至るまでの経緯を簡単に紹介させていただきたいと思います。

医学部時代

地元の進学校を卒業後、浪人中にふとしたことから外科に興味を持ち医学部を志すことになりました。

楽しかった浪人生活を終えたのち、これまた地元の総合大学の医学部に入学することになりました。単科医科大学ではなく総合大学の医学部を志望した理由は、学生生活中に他学部と交流することで視野を広げられるのでは、と考えたからです。

実際に大学入学後は、他学部の学生と交流するだけでなく、経済や芸術の授業などを選択することで医学以外にも目を向けることができ、それは現在でも役に立っています。

医学の勉強が進んでも外科への興味は変わらなかったものの、大学1年生の時にお世話になった社会医学系の教授の影響で、国内外の医療制度や研修システムなどにも興味を持つようになりました。

医学部の学生は、卒業後ほとんどが主に臨床を行う医師を進路として選択するため、一度入学すると医療を取り巻く各制度やシステムにあまり疑問を持たずに、エスカレーター式にキャリアが進んでしまいがちです。

私の母校を例に挙げると、比較的広い地域に関連病院を持つ地域の中心的な大学で、他大学にも多くの教授を輩出していたため、卒業後もそのまま母校の大学医局に属するという進路を取る同級生がほとんどでした。

しかし前述のように、私は学生時代を通して研修システムに興味や疑問を持っていたため、卒業後は少し同級生達とは違ったキャリアを歩んで臨床の経験を積んでみたいと思うようになりました。

研修医時代

卒業後2年間の初期臨床研修は、地元を出て縁も所縁もない医療過疎地の病院で開始しました。

理由の一つとしては母校の卒業生としては典型的ではないキャリアに挑戦してみたい、というのと医師不足の地域であれば早くから実践的な経験を積めると考えたからです。

都市部で生まれ育った私にとって医療過疎地での生活はイメージの湧かないもので、もちろん若干の不安がなかったわけではないですが、それ以上のメリットがあると信じ医療過疎地の病院へと赴きました。

実際に私の当初の目論見は上手くいき、研修医の間に沢山の臨床経験を積むことができました。

特に北米式ER型の救急外来で、救急の先生方と共に様々な疾患を経験できたこと、そして研修医時代から多くの外科手術を経験させてもらえたことは研修前の期待以上でした。

ここで私の臨床医として、そして外科医としての礎が形成されたと言えます。

外科専門医となるまで

初期臨床研修終了後は1年間同じ病院の外科で沢山手術を執刀し、その経験のおかげで現在勤務している病院に誘われることになりました。

政令指定都市にある病院なのでスタッフも豊富で、研修を行なっていた医療過疎地の病院とは労働環境なども含めて大きく異なりました。

しかし、ここでも様々な手術、特に若手には執刀機会が少ない肝臓や膵臓そして食道の手術なども多数経験することができました。

そしてただ単に執刀をこなすだけでなく、初めて執刀する手術を中心に手術ノートを作成したり、術前にCTを見ながら解剖図を手描きにおこすような習慣を身に付けたのもこの時です。

最終的には外科専門医の必要執刀数をはるかに上回る数で、外科専門医になることが出来ました。

現在そしてこれから

現在も多数の執刀をこなしておりますが、同時に後輩外科医の指導を行う機会も多くなってきました。

私自身、外科医として効率よく成長するためにこれまで様々な戦略を立ててきましたので、そのノウハウを後輩に教えるのを楽しんでおります。

私の経験も交えながら、このブログを通じて様々な医療問題に加えて医師のキャリアパスなどもお伝え出来ればと考えております。

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