前回、全身麻酔で行う手術の流れについてお話しいたしました。記事を通じて、手術室内でどのように手術が進行していくかある程度おわかりいただけたかと思います。
今回はより具体的に、外科系のドラマでもよく取り上げられるお腹(腹部)の手術についてお話ししていきます。
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開腹手術と腹腔鏡手術の違いは?
私自身、腹部の臓器専門の外科医として日々手術の執刀を行なっていますが、現在の腹部手術は大きく以下のように分類することができます。
- 開腹手術
- 腹腔鏡手術
どちらも同じ腹部の臓器を対象とする手術ですが、その大きな違いは、開腹手術とはその名の通りお腹の壁(腹壁)をメス等で開いてアプローチする手術で、腹腔鏡手術はお腹に小さな孔を数ヶ所開け、カメラ(内視鏡)を使ってお腹の中をモニターで映しその映像を見ながら行う手術になります。
それでは早速、開腹手術と腹腔鏡手術それぞれについて、今回は開腹手術から説明して行きたいと思います。
開腹手術とは
腹部の外科手術が誕生してからずっと用いられている手術方法ですので、長い歴史があります。
先ずは前述の通り、腹壁を開いて内臓の存在している空間(腹腔内)を露出させます。臓器が露出したら直接目で病変部を見ながら、執刀医や助手の手または手に持った器械を使って手術を行います。
ここで開腹手術でポイントとなる点を順に説明して行きましょう。
腹壁を構成する組織は?
開腹手術を行うために先ず切り開かないといけないのが腹壁ですが、腹壁は内臓を守らなければなりませんので、様々な組織が層をなすことにより構成されています。
体の表面から腹腔内に向かって、順に腹壁を構成する組織を並べると、大まかに以下のようになります。
- 皮膚(表皮と真皮で構成)
- 皮下脂肪
- 筋膜前鞘
- 筋肉
- 筋膜後鞘
- 腹膜前脂肪
- 腹膜
この中で皮下脂肪と腹膜前脂肪は痩せた人と肥えた人で大きくボリュームの差があります。
特に皮下脂肪のボリュームが多いと、筋肉前面を覆う層である筋膜前鞘に達するまで数cm以上脂肪を掘り進めなければなりません。
腹壁の筋肉に関しては、切開する部位によっては筋肉を切らずに避けることもできますが、部位によっては複数の筋肉を切らなければなりません。
最後に腹膜を開くとようやく肉眼で内臓が確認できる腹腔内に到達です。
お腹を切開する部位は?
それでは開腹手術ではお腹のどの部位を切開することが多いのでしょうか?
代表的な切開部位を以下に挙げてみます。
- お腹の真ん中を上下に切開(正中切開)
- 腹直筋の外側の縁で切開(傍腹直筋切開)
- 肋骨の下を斜めに切開(季肋部切開)
- 右の下腹を斜めに切開(交叉切開)
よくイメージされる開腹手術はお腹の真ん中を上下に切開する正中切開だと思いますが、虫垂炎の開腹手術では右の下腹部を数cm程斜めに切開する交叉切開がよく用いられ、こちらも比較的知られている切開法だと思います。
腹部の手術の多くで正中切開が用いられる理由として、正中ではちょうど左右の腹筋(腹直筋)の境目があり、その部位には筋膜前鞘と筋肉後鞘のみが存在し、筋肉が途切れているため筋肉に切り込まず比較的腹壁の薄いところで腹腔内に到達することが出来るからです。
因みに筋肉は血の巡り(血流)が豊富で、切り込むと血が出易いですので、筋肉がある部位を極力避けて開腹しようという意図もあります。
ただし体格や臓器の部位によっては正中以外でお腹を切開しないといけない場合もあります。
これは、開腹手術の弱点でもあるのですが、切開した部位からしかお腹の中は覗けませんので手術対象臓器が右や左などに偏って正中切開で視認しにくい場合は出来るだけその近くで切開する必要があります。そのため上記に挙げたように複数の切開部位が存在することになるのです。
上記意外にも、腹腔内で最も大きな臓器である肝臓の手術をする際などは、お腹を大きく縦と横に開く逆L字切開やメルセデスベンツ切開という方法がとられることもあります。
もちろん切開した創が大きいほど術後の疼痛は強く感じる傾向にあり、筋肉を横断するような切開(季肋部切開など)は横断した部位の筋肉が後々萎縮してしまうことがあります。
開腹手術のメリットとデメリット
前述した通りお腹の手術の歴史とも言える開腹手術ですが、近年はより体に負担の少ない腹腔鏡手術の台頭によりそのメリットとデメリットがはっきりとしてきました。
ここで、特に腹腔鏡手術と比較した場合の開腹手術のメリットとデメリットについて検証していきましょう。
開腹手術のメリット
続いて開腹手術のメリットについて説明します。
- 浸潤の範囲がわかりにくい癌などで直接病変部を手で触り確認することが出来る
- 大きな出血があった際に直接手で押さえて止血できる
- 助手が手を出しやすいので経験の浅い執刀医の指導をしやすい
腹腔鏡手術に対する開腹手術の大きなメリットの一つとして、実際に自分自身の手で臓器に触れながら手術ができるということが挙げられます。
例えばかなり進行した癌の手術などでは、どの範囲まで癌が広がっているかを評価するのに実際に手で触った感覚で確かめなければはっきりしない場合があります。これはモニターに映し出された画像を見ながら手術を行う腹腔鏡手術では困難なのです。
また、開腹手術であれば、手術中に大きな出血をきたした際に、直接手で押さえて一時的に止血し、状況を立て直すことができます。
これが腹腔鏡手術ですと、細長い器械を使って限られた動作制限の中止血を試みないといけないので、開腹手術に比べて良好な操作を得られないこともあります。実際に出血した際の止血が困難なためで腹腔鏡手術から開腹手術に移行する例もあります。
教育的な面でのメリットを挙げると、腹腔鏡手術では小さな孔から器械を挿入して手術をするため、経験の浅い執刀医の指導を助手が行う際に直接手を出しにくいのですが、開腹手術ですと執刀医が操作を誤りそうになった際に、すぐ手出しすることができ指導しやすい面が挙げられます。
教習車に例えると、開腹手術はすぐに指導教官が補助ブレーキを踏むことができる状態と言ったところです。
開腹手術のデメリット
続いて腹腔鏡手術のデメリットについて説明します。一般的なデメリットとして下記のものが挙げられます。
- 腹腔鏡手術に比べて傷が大きくなるため術後の痛みがそれなりにあり傷も目立ちやすい
- 腹壁を開いた場所からしか臓器が見えないため体格や臓器の位置によって大きく開腹しなければならない
- 開腹手術でできる多くのことが腹腔鏡手術でも可能になりつつある
傷に関して、開腹手術では切開部位のところで取り上げたように、ある程度開いて手術をするため、同一内容の手術を数ヶ所の小さな傷で行うことのできる、腹腔鏡手術に比べて大きくなってしまいます。傷の大きさは体へのダメージに直結し、術後の回復の早さに大きく関わってきますので、開腹手術の最も大きなデメリットとも言えます。
また、開腹手術ではお腹を開いたところからしか腹腔内を覗きこむことが出来ないので、体の奥深くの臓器を対象に手術する場合や、体格が大きい患者さんでは大きくお腹を開かないと手術時の視野を得ることができません。
腹腔鏡手術ではカメラで覗きこむことが可能であるため、体格や臓器の深さに左右されず同一の小さな傷で手術を行うことが可能なのですが、開腹手術ではこう言った要素によって、ただでさえ腹腔鏡手術に比べて大きな傷がさらに大きくなってしまう可能性があるというわけです。
さらには腹腔鏡手術の進歩で、今まで開腹手術でないと困難であった手術も腹腔鏡手術で可能になりつつあり、開腹手術特有のメリットが以前より薄れてきつつある印象があります。
開腹手術のまとめ
以上、開腹手術の概要にメリット・デメリットも加えてお話しいたしました。特にメリット・デメリットは、実際に私たち外科医が、患者さんに手術の説明をする際に開腹手術と腹腔鏡手術の違いとしてしっかりとお話しするところでもあります。
それでは簡単に開腹手術についてまとめて見ましょう。
- 長い歴史の中で手術手順が確立されている
- 肉眼での認識や直接の手触りなど五感を用いて手術ができる
- 同様の手術内容を腹腔鏡で行った際に比べて傷が大きくなる
開腹手術についていてある程度イメージは付きましたでしょうか?次の記事では、腹腔鏡手術について具体的に説明したいと思います。