一般の方に馴染みのある外科領域の疾患といえば、虫垂炎(俗にいう盲腸)が挙げられると思います。腹痛が起こり、病院に行くと虫垂炎と診断され即手術、という話を身近で聞かれたかたもいらっしゃると思います。
時代と共に虫垂炎の治療方針も、単に緊急で手術をするだけでなく、抗生剤投与のみで治療が行われることもあります。今回、虫垂炎とはどんな病気でどのような症状が出るのか、そしてどのような治療の選択肢があるのか、詳しくお話しいたします。
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虫垂炎とは何か?盲腸という呼び方は誤り?
虫垂炎とはその名の通り、虫垂という管状の構造物が炎症を起こす疾患になります。
虫垂炎のことを世間では「盲腸」と呼んだりしますが、この呼び方は全くの誤りです。下記の図の様に、盲腸とは虫垂がぶら下がっている大腸の一部分の名称となります。
場所としては丁度おへその右斜め下(右下腹部)に位置します。好発年齢は10歳以上ですが、幼児から高齢者まで、虫垂があればあらゆる年齢層で起こりうる疾患です。
虫垂炎の症状
虫垂炎で起こりうる症状を挙げてみましょう。
- みぞおちの痛み(心窩部痛)
- 右の下腹の痛み(右下腹部痛)
- 発熱
- 吐き気
- 嘔吐
- 下痢
- しぶり腹など
虫垂は右下腹部にありますので、虫垂炎が生じると先ず右下腹部が痛くなるイメージがあります。しかし典型的な経過としては、みぞおちの当たりがまず痛くなり、徐々に右下腹部に痛みが移動していきます。
炎症が強くなると歩くたびに右下腹部に響いたり、発熱の出現や吐き気や、下痢、便が出そうで出ない「しぶり腹」という症状も現れます。続いて虫垂炎が起きる原因を見ていきましょう。
虫垂炎が起きる原因
虫垂炎が起きる原因としては諸説ありますが、通常は下記の順序で炎症が悪化していきます。
- 虫垂の出口がつまる(閉塞する)
- 閉じられた虫垂内部の圧力が高まる
- 虫垂の壁の血管が圧迫され血の巡りが悪化する
- 虫垂内部で菌が繁殖し膿の塊である膿瘍(のうよう)を形成する
- 血の巡りが悪くなった虫垂の壁が壊死し破裂する
具体的に説明していきますと、虫垂炎が起きる最も初期の段階では、大腸内と交通している管状の虫垂の出口(虫垂開口部)が詰まります。
この詰まる原因としては様々な要因がありますが、CTや腹部超音波検査(エコー)などの検査ではっきりと分かる原因としては便が石のようになった糞石(ふんせき)が詰まることが挙げられます。
因みに私が子どもの頃、スイカのタネを食べると虫垂炎になる、と言う俗説が流行ってました。もちろん因果関係は証明されておりませんが、糞石は丁度スイカの種ほどの大きさのことが多いので、あながち根拠がない俗説ではなかったわけですね。
稀な原因として腫瘍で内部が詰まってしまうこともありますし、画像の検査等ではっきりとしない原因としては、虫垂の出口付近でむくみが生じてしまい、出口が閉じてしまうと言われています。それでは、出口が閉じてしまうとどうなるか考えてみましょう。
虫垂内部の粘膜からは粘液が分泌されており、通常は出口を通って大腸内に逃げていきますが、出口が塞がれると逃げ場を失ってしまいます。そうなると虫垂内部の圧力が高まっていき、組織の中の血管を圧迫します(通常は静脈が圧迫)。
血管が圧迫されると虫垂の血の巡り(血流)が悪くなります。そうなると、虫垂内部の菌が繁殖します。繁殖した菌は膿瘍を形成し、さらに虫垂内部は腫れ上がり血流が悪くなるという悪循環を辿ります。
最終的には血のめぐりが悪くなり、虫垂の壁が壊死して破裂してしまいます。そうなるとお腹の壁の内側にある腹膜に炎症が達し、腹膜炎という重篤な炎症を併発してしまいます。
虫垂炎の診断
それでは実際に私たち外科医が虫垂炎を診断する際の手順および検査について説明いたします。通常、虫垂炎の診断を確定させるまでに下記の診察や検査を行います。
- 問診
- 触診
- 採血
- 腹部超音波(エコー)検査
- CT
先ずは、腹痛がいつ、どの辺りから始まったか、など、しっかりと問診を行います。前述の通り、虫垂炎の経過は比較的典型的な経過を辿りやすいからです。
問診である程度診断を絞り込んだ後、実際に患者さんのお腹を触り、どの部位で痛みが最も強くなるか、などをしっかりと診察します。
触診だけで診断を確定できれば良いのですが、虫垂炎と似たような場所(右下腹部)に痛みが出る病気は他にもあります。例えば、盲腸付近で起こった腸炎や憩室炎、女性であれば右側の卵巣で炎症が起こっても似たような症状をきたすことがあります。
また、採血は虫垂炎が起きてからの経過や重症度を反映してくれますので、必須の検査と言えます。
診断を確定させるには腹部エコーか、CTを撮影するのが望ましく、特に最近のエコーは精度が高く、虫垂炎があればしっかりと虫垂を描出することが出来ます。もちろんCTであれば、他の臓器との位置関係も含めてしっかりと診断することができます。
虫垂炎の重症度
虫垂炎は炎症が悪化していくどの過程で来院したかによって、大きく重症度が異なります。
虫垂の出口が詰まって痛みが出現してきた段階ですと、まだ菌の繁殖が始まっておらず痛みの訴えの割には採血データは正常だったりします。特に痛みに敏感な方は、炎症がまだ軽いこの段階で来られることも多いです。
しかし菌が繁殖して虫垂の内部に膿瘍が出来た状態や、虫垂の壁が壊死を起こしていると、高熱が出たり採血データは跳ね上がったりします。
特に痛みが鈍感な高齢者や糖尿病の患者さんでは重症化してやっと来院することが多かったり、虫垂の形態が背中側に潜り込むような形の患者さんも痛みの症状が出にくく、ある程度炎症が進んでから来院する傾向があります。
炎症の程度によって、後述する治療方針の選択肢が変わってきますので、虫垂炎の重症度がどの程度のものなのかを評価するのは患者さんに治療方針を提示する上で重要です。
入院での治療を行わないほど炎症が強い患者さんを外来治療で済まそうとしてしまうと、帰宅後に重篤な状態になってしまいかねません。逆に外来治療で済むほど軽症な患者さんを、わざわざ何日も入院させるのは、本人の費用の負担などを考えればあまり好ましくありません。
虫垂炎の治療はどのようなものが挙げられるのか?
かつては診断と治療を兼ねて即緊急手術!となっていた虫垂炎も、手術前の画像診断の発達や、抗生剤の適正使用などにより、緊急手術以外の治療オプションも一般的になってきました。一般的な虫垂炎の治療方針は以下の通りです。
- 緊急手術
- 抗生剤投与による保存的治療
- 保存的治療後に待機的に手術
それではそれぞれ解説していきます。
緊急手術で治療を行う場合
一般的に虫垂炎と言ったら緊急手術のイメージが強いと思いますが、実際の現場でも虫垂炎に対する緊急手術の頻度は高いです(この記事を書いている前の週に私の職場では3件虫垂炎の緊急手術がありました)。
虫垂炎の治療として長い歴史を持つ虫垂炎の手術ですが、下記の方法で炎症を起こしている虫垂そのものを切除します。
- 開腹手術
- 腹腔鏡手術
開腹手術として最も一般的なのは、右の下腹を数cm斜めに切開し、虫垂の根本を糸で縛った後に切除する方法です。
腹腔鏡手術では、お腹に数本(3本であることが多い)5~12mmの孔を開け、内視鏡でお腹の中をモニターで映しそれを見ながら虫垂を切除する方法です。
開腹手術、腹腔鏡手術の詳細は以下の記事にあります。
緊急手術のメリットは、痛みの原因となっていた虫垂を切除することで速やかに痛みを緩和することが出来ることです。なお、虫垂そのものがなくなりますので、再度虫垂炎を来すこともなく最も確実な治療法と言えます。
ただし後述するように、入院後即緊急手術、というのではなしに、待機的に手術を行う治療も近年では多く用いられております。
抗生剤投与による保存的治療を行う場合
多くの臨床研究により、虫垂炎には抗生剤投与のみによる治療(保存的治療と呼ばれています)も非常に有用であると立証されています。
どういう場合が保存的治療の適応になるかは病院の方針にもよりますが、以下のように治療を行います。
- 点滴で抗生剤投与し入院で治療
- 抗生剤を内服し外来通院で治療
ある程度炎症が強い場合は、入院で絶食とし、腸を休めたうえで点滴で一日数回抗生剤投与を行います。
炎症が非常に軽い場合などは、内服するタイプの抗生剤を処方し、外来通院で治療を行います。
もちろん、保存的治療だけで改善しない、もしくは症状や採血のデーターが悪化する場合はその時点で緊急手術となることもあります。
特に糞石があって物理的に虫垂の出口が塞がれているケースは、保存的治療が失敗する可能性が高くなると言われています。
保存的治療では体にメスを入れなくても治療できる一方で、抗生剤がしっかりと効き痛みが緩和されるのに時間がかかったり、一旦は治療が上手くいっても虫垂が残っている以上、再度虫垂炎になるリスクは残ることになります。
保存的治療後に待機的に手術を行う場合
近年になってInterval AppendectomyやDelayed Appendectomyという治療法がよく提唱されるようになりました。
日本語に訳すと待機的虫垂切除となり、その名の通り診断してすぐ手術をするのでなく、一旦保存的な治療を行って炎症が落ち着いた後に手術で虫垂切除を行うというものです。
炎症が酷い虫垂炎などは、そのまま手術すると手術自体も大変ですし、場合によっては虫垂のみならず周りの腸も一緒に切除しなければなりません。
一旦抗生剤で菌の繁殖を抑えたり、周りに膿が溜まっていればそれを体外から管のようなもの(ドレーン)で吸い出すドレナージという処置を行い、炎症を鎮静化させて手術がやり易くなったタイミングで虫垂を切除しに行くというコンセプトです。しかし、抗生剤治療が上手くいかず待機期間中に緊急手術となることもあります。
上手く行くときは非常に有用で、緊急手術に行くと大きく開腹手術で治療しないといけないような虫垂炎も、待機的に傷の小さな腹腔鏡手術で行うこともできます。
虫垂炎のまとめ
今回、代表的な腹痛を来たす外科領域の病気である、虫垂炎についてお話ししました。
それでは、虫垂炎について大切なポイントをまとめてみましょう。
- 虫垂炎を「盲腸」と呼ぶのは誤り
- 同じ虫垂炎でも炎症の程度には幅がある
- 必ずしも緊急手術だけが治療法ではない
冒頭でも書きましたように、世間で言われる「盲腸」とは虫垂炎のことで、盲腸とは虫垂がぶら下がっている大腸の一部の名称になります。
また、同じ虫垂炎でも外来通院で治療できる軽いものから、壊死して破裂してしまっている重篤なものまで炎症の程度には幅があります。そして、治療は手術だけでなく、抗生剤で保存的治療を行ったり、時には炎症を抑えた後に待機的に手術を行うこともあります。
もちろん患者さんの状況に応じて最善の治療を行うのが私たちの仕事ですので、病状のみならず社会的な背景なども考慮して柔軟に対応することを心掛けていきます。