東京医大不正入試の原因とは?背景にある労働環境問題を外科の現場から考える

先日、東京医科大学(東京医大)が女子の点数を一律に減点する不正入試を行い、女子の入学者の割合が増えないように調整していることが問題になりました。

その原因の背景には、女性医師は妊娠や出産や子育てなどでキャリアが途切れやすかったり、長時間労働を強いられる医療現場において男性医師と同じように勤務が難しく、女性医師が増え過ぎると現場への負担が大きくなるので入試の段階で調整していたのではないか、ということが話題になりました。

確かに、医師に女性医師の占める割合が多くなることで、時短勤務や育児休暇の間、残った医師の負担が増えたり、女性医師にあまり人気がない科にとっては、女性医師が増えることでさらに人手不足がさらに進むのではないか、ということは考えられます。

しかし、そもそも長時間労働が常態化している医師の労働環境の方に問題があるわけで、女性医師が増加することで現場の負担が増加する問題を、女性医師の数を抑えることで解決するのではなく、先ずは医師の労働環境を改善して女性医師を含め医師全体が働きやすくすることが根本的な解決策ではないのでしょうか。

今回、外科医である私自身が感じる、日本の外科の現場における労働環境に関する問題点と、その問題に改善の余地があるのか解決策も含めて考えて行きたいと思います。

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日本の外科における現状

外科医の労働環境の問題点についてお話しする前に、日本の外科が現在どういう状況か見てみましょう。ほとんどの外科医(整形外科医、脳神経外科医、形成外科医等は除く)が入会する日本外科学会の新規入会者数は、下記のように推移しています。

引用:講演 「若手医師の外科離れの現状」 特定非営利活動法人 日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会

示したグラフは少し古い資料ですが、2013年から2017年の日本外科学会新規入会者数は800人前後で推移しています。このように1990年代から外科医のなり手は大きく減ったことが分かります。この原因として、長い労働時間等、労働環境に関連したことが考えられています。また、意外なことに男性の外科医志望者数は減少しつつも、女性の志望者は増えつつあることを示す資料もあります。

東京医大の入試不正の背景にあった、女性医師は特に長時間勤務を伴う科でのキャリア形成は難しいのではないかという思惑とは裏腹に、長時間勤務の代名詞である外科の志望者は増えているのです。

引用:講演 「若手医師の外科離れの現状」 特定非営利活動法人 日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会

実際に日本外科学会への女性医師の新規入会者の割合は、過去に比べて著しく増加し、近年20%を超えるほどになっております。しかしその一方で、日本外科学会男女共同参画委員会(日本女性外科医会)が行なった全国外科医仕事と生活の質調査の結果報告で、現場の女性外科医からは以下のような意見がありました。

外科医は自分が執刀した患者に対して24時間365日対応すべきという慣習。これがある限り家庭との両立は不可能。良質な仕事、手術のためには安定した生活と十分な休養は不可欠であるという視点から勤務体制を見直すべき。前述のような超長時間勤務が存在する限り、たとえば育児中の短時間勤務者に執刀の機会が与えられることは非常にまれとなり、結局勤務を継続していても手術が上手になれず、モチベーションが維持できなくなり外科医を辞めざるを得なくなると思います。-以下略- (30代 女性) 

引用元:「全国外科医仕事と生活の質調査結果報告」 日本外科学会 男女共同参画委員会 日本女性外科医会

せっかく女性外科医が増加しても、労働環境が改善されない限りは外科医不足が加速されてしまいかねない、というわけです。それでは、外科医の労働環境に関する問題点を考えていきましょう。

外科医の労働環境における問題点

日本の外科における労働環境の最大の問題は、長時間労働の一言に集約されるます。そしてその長時間労働につながる問題点を3つ挙げると、以下のようになります。

  • 人手が少ない病院が多い
  • 手術や外来以外の仕事が多い
  • 主治医制による負担が大きい

上記以外にも様々な問題は挙げられますが、この3点について考察していきましょう。

人手が少ない病院が多い問題点

医師数の多い都会の病院を除く多くの病院で、外科は慢性的な人手不足に悩まされています。外科は手術を行うために人員が必要(少なくとも2~3人)です。しかしぎりぎりの人数しかいないと、助手で手術に入っている際など途中で交代することもできず、手術が終わらなければ病棟にいる患者さんの対応を行えず、労働時間が長くなりがちです。

更に、病院に外科医が少ないと、夜間や休日に外科的な病気の患者さんが来た際に対応をする、オンコールと呼ばれる当番も頻繁に回って来てゆっくり休めなくなってしまいます。

上記の資料のように外科医志望者が減少しているため、若手の外科医が入って来ない病院も沢山あり、若手が入ってこないまま既存の外科医の平均年齢が上がっていくと、体力的にも苦しくなっていく上に、そこに引退する外科医が出てしまうと、更に人手不足が加速するという悪循環に陥ります。

人出が少ないのは医療業界においては外科に限った問題ではありませんが、人手の少なさは外科医の労働環境の悪化を加速させるの大きな原因です。

手術や外来以外の仕事が多い問題点

下記の記事でも触れましたが、日本の外科医は、海外の外科医と比べて手術以外にも様々な仕事をこなしています。

外科医は小説やドラマ、映画などの主人公にしばしば取り上げられます。 近年放映されている医療系ドラマでも、「ドクターX」、「医龍」、「ド...

例えば癌を扱う外科医であれば、癌を摘出する手術の他に抗がん剤治療であったり、手術した患者さんに癌が再発して末期状態になった際は緩和治療も行います。心臓血管外科医であれば、手術の後はそのまま病院に泊まって術後管理を行うことも少なくありません。また、外科医に限ったことではないですが、病院によっては患者さんの医療保険関連の書類も全て医師が行わなければなりません。

前述の調査結果報告にも下記のような意見が寄せられています。

内科的疾患を担うことおよび、抗がん剤等の管理など、純粋な外科的疾患以外の部分を担いすぎている。また、診断書などの書類仕事など 。(20代 男性) 

外科医が手術で忙しいのはしょうがないが、外国では行わないような化学療法や緩和医療まで外科医が行って仕事を増やしていること。 (30代  男性) 

引用元:「全国外科医仕事と生活の質調査結果報告」 日本外科学会 男女共同参画委員会 日本女性外科医会

この意見に分かるように、多くの外科医も仕事内容の多さを問題視しているのです。以前、医療過疎地の外科医が、専門はお腹の臓器なのに肺炎や骨折の入院患者さんまで診ていると話していたのを聞き、大変驚いたことがあります。

主治医制による負担が大きい問題点

日本の多くの病院では、よほどの大病院でない限りは一人の医師が一人の患者さんを一対一で対応する「主治医制」を取っています。

主治医の患者さんに何か問題が起こった際はオフの日も病院からの電話に対応したり、場合によっては病院に出向いて説明したり、検査をしたりしなければなりません。「主治医制」で入院患者を受け持つ医師は、病院にいない時も拘束されていると言えます。

前述の調査結果報告にも「主治医制」に関して以下のような意見が寄せられています。

主治医制を敷いている病院では、毎日がオンコールであり、土日祝日も休みが取れない。また、休まずに働くことが美学とされている風習に問題がある。 (20代 男性) 

引用元:「全国外科医仕事と生活の質調査結果報告」 日本外科学会 男女共同参画委員会 日本女性外科医会

このように、担当した患者さんに生じた問題を、一人で抱え込んでしまいがちで、時間的にも精神的にも負担が大きくなりがちです。

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外科医の労働環境を改善させるための解決策

それでは、上記の外科医の労働環境に関する問題を改善させるためには、どのような対策をてれば良いのでしょうか?私は、以下のような解決策が必要ではないかと考えています。

  • 外科手術を行う病院を集約化する
  • 外科医の仕事を可能な限り分業化する
  • 複数主治医制を導入する

それでは一つ一つの解決策について説明していきましょう。

外科手術を行う病院を集約化させる必要性

日本には全世界でも人口あたりの病院数が非常に多いことが知られています。特に都市部での総合病院の乱立は顕著で、私の職場から2km以内には同じような外科手術を行なっている病院がありますし、5km以内に広げるとさらにその数は増えます。要するに似たような機能の病院が狭い範囲にひしめき合っている状態なのです。

ここで仮に、お互いに距離が近いA病院とB病院があり、A病院の外科医の数は3人、B病院の外科の数は4人だとすると、A病院では1人の外科医は3日に一回は救急対応が必要で、B病院だと4日に一回は救急対応が必要になります。A病院とB病院を統合すれば、外科医の数は7人になりますので、週一回の救急対応で済むようになります。

また、A病院では2人の医師が手術を行なっている際、緊急で手術をしないといけない患者さんが受診した際に、残り1人しか外科医はいませんので対応しきれません(外科手術は2人以上で行うものが多い)。しかし統合すれば、手術に入っていない医師の数は増えますので対応できるようになりますし、仕事も分担することができます。

このように似た機能を持つ近隣の病院を統合すれば、そこまで患者さんのアクセスを悪化させることなく、外科医の負担も減らすことができ、労働環境は大きく改善できると考えられます。

病院の統廃合による集約化は、外科に限らず多くの科にとってメリットが大きいと考えられます。ただし実際には、病院の経営母体が違ったり(公立病院と民間病院であったり)、医師の派遣元が違う大学からだったりと、様々なしがらみがあるため、病院の統廃合はなかなか難しいのが現状でもあります。

外科医に集中する仕事の分業化させる必要性

日本の外科医は、世間でイメージされているように手術ばかりをするのではなく、手術外の時間も医療行為のみならず様々な仕事に追われていることを挙げましたが。これらの仕事をを違う科の医師や他の職種間でシェアできるだけでもだいぶ負担は減ります。

海外の例として、先日、韓国の病院に見学に行っていた外科仲間から興味深い話を聞きました。韓国では日本で一人の外科医が行なっている仕事が全て分業化されているとのことです。事前の手術説明は、通常手術を受ける患者さんを受け持った主治医が行いますが、韓国では手術説明を行う専門の人が行います。さらに手術後の、病棟での診察は違う医師以外が行うようです。

そうなると、外科医はほぼ手術のみを行うだけになります。韓国に限らず、ドイツの病院でトレーニングを積んでいた呼吸器外科の先生も、留学中は手術以外の仕事はほとんどなく手術に専念し、夕方5時ぐらいになれば外科医はみんな帰宅していたとのことでした。

現在、私の勤務先の外科では、手術前後の抗がん剤治療や緩和治療は専門の内科が行なっています。以前の勤務先では全て外科で行なっていましたので手術以外の仕事量もそれなりにあり、手術中や外来中であっても抗がん剤治療中の人に何かあれば対応したり、緩和治療中の患者さんの状態が急変すれば病院に駆けつけ看取りを行なったりしていました。現在はそれがなくなった分だいぶ負担も減って、外科治療に専念することができています。

昔気質の外科の先生の中には、「自分が手術した患者さんは全て自分で治療を行い、最期は看取りまですべきだ」とおっしゃる方もおり、患者さんの中にも手術した先生にずっと見て欲しいという方がいらっしゃるのも事実です。しかし、少しドライな考え方かもしれませんが労働環境の改善には、外科に集中しすぎている仕事を分業化することは必須だと考えております。

複数主治医制の導入

医師の長時間労働を解決する策としてよく話題に挙げられるのが「複数主治医制」ですが、これは外科においても仕事の負担軽減にすごく効果があります。

「複数主治医制」ではオフの日に休みを取っている医師の代わりに他の医師が対応することができ、かなりの負担軽減になります。

大学病院や外科のスタッフが充実している大きな病院ではすでに複数主治医制を導入しているところもあります。

実際に私の勤務先の外科では、今年の春より二人一組のチームを作り、受け持ちの患者さんの主治医を二人で行う体制になりました。詳細は以下の記事にあります。

長時間労働が常態化している医師の勤務状況を踏まえて、2017年8月より政府主体で「医師の働き方改革に関する検討会」が議論されています。そ...

手術前の説明と同意(インフォームドコンセント)を取る際は二人の医師で行い、手術もどちらかが執刀医、もう一人の医師が助手として入ります。手術後の診察も二人で行うのですが、どちらかが外来などで手が空いていない際は、もう一方の医師が対応することができます。

休日に手術後の患者さんを診察する際も、どちらか診察出来れば良いですので、一人はゆっくり休むこともでき、精神的にも肉体的にもだいぶ楽になりました。

もちろんチームを作れるだけの医師がいなければいけませんが、医師の数が少ない外科であれば全員で一人一人の患者さんを受け持地ち、その代わり患者さんの治療方針について、全員でタイトにディスカッションするのも一つかも知れません。

患者さん側からすると、診察に来る医師がころころ変わりきちんと自分を診てくれているのか?と思われるかも知れませんが、私の実感としては患者さんの不満なく診療を行えております。

東京医大不正入試の原因とその背景にある労働環境のまとめ

東京医大が不正な入試を行なった原因として、途中でキャリアが中断したり、長時間労働が難しくなる可能性がある女性医師を制限しようという意図があったと考えられています。そしてその背景にある、長時間労働が常態化している医師の労働環境問題も浮き彫りになりました。

外科医である私自身が現場で感じる長時間労働につながる問題点と、その解決策をまとめると以下のようになります。

  • 人手の少ない病院が多い問題→外科手術を行う病院の集約化
  • 手術や外来以外の仕事が多い問題点→外科医の仕事を分業化
  • 主治医制による負担が大きい問題→複数主治医制の導入

外科医の長時間労働に関する問題の多くは、散らばっている外科医を一つの病院に集める集約化や、仕事を他の職種と手分けして行う分業化、そして担当した患者さんを一人で抱え込まずに、複数の外科医で治療にあたる複数主治医制によって大きく解決すると考えられます。

今回は外科の労働環境に特化した記事となりましたが、長時間労働につながる問題点そして解決策は、他の診療科にも当てはまると考えられます。多くの医師がバランスよく仕事できるような労働環境が整備されることを願います。

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