2018年9月18日、格闘家である山本”KID”徳郁氏が41歳という若さで亡くなられました。私自身、学生時代は格闘技のジムに所属してこともあり、大ファンでしたので非常に残念です。
8月26日に自身のInstagramで癌(がん)であることを明らかにされてから3週間ほどのことでした。
癌の場所については当初明らかにされておりませんが、ステージ4の胃癌であったことがわかりました。
当初、ネットの記事ではどこにできた癌なのか様々な憶測が飛び交い明らかに医学的な根拠にかける記事も見受けられます。特に気になったのが、以下の2点です。
- 刺青が原因で癌を発症したのではないか
- 刺青が原因でMRIが撮影できず癌の発見が遅れたのではないか
山本KID氏が沢山入れている刺青と関連した癌(肝細胞癌)ではないかとの情報や、刺青でMRI(磁気を用いた画像検査)が撮れなかったので癌の早期発見が遅れたのではないかとの情報が出回っていました。
実際に癌の治療を行なっている医師として、それらの情報の根拠について、医学的に検証してみたいと思います。なお、実際にこれだけの若い方にでも通常癌が起こり得るのかについてもお話ししたいと思います。
刺青と癌の関連とは?
刺青と結び付けられる癌には、肝臓の細胞そのものが癌になる肝細胞癌というものがあります。原因としてはB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスといった肝炎ウイルスに長いこと感染し、肝臓の中で炎症が繰り返されるケースや、多量の飲酒や肝臓に脂肪が蓄積する脂肪肝といった病気が影響をおよぼすケースがあります。
肝炎ウイルスは既に感染している人の血液を介して感染することが知られており、C型肝炎ウイルスが発見される前に行われた輸血や、病院内での針刺し事故(肝炎ウイルス患者を刺した注射針を自分もしくは他人に刺してしまう事故)、使い回された器具での刺青やピアスの穴あけなどが新たな感染の原因として挙げられます。
山本KID氏は全身に刺青を入れていることから、肝炎ウイルス感染から肝細胞癌を発症したのでは?という憶測を呼んだのだと考えられます。
ただし、格闘技では流血を伴う可能性があるため、多くの格闘技の団体では肝炎ウイルスなど感染症の検査は義務付けられており、長年に渡ってプロ格闘技の世界で活躍していた山本KID氏が、肝炎ウイルスに感染していたとするのは考えづらいです。
また、個人差はありますが肝炎ウイルス感染から慢性肝炎を経て、肝細胞癌ができるまで10~20年という年数がかかることからも、刺青が原因だから肝臓の癌とするのはやや根拠に乏しかったと思われます。いずれにせよ実際の死因であった胃癌と刺青の関連はありません。
MRIは癌の診断に用いられるのか?
MRIとは磁器を用いて体の内部を撮影する検査になります。強力な磁器を使用しますので、体内に磁石に反応する金属が入っている患者さんは撮影できませんし、刺青がある場合も特定の物質に反応し、火傷をきたす可能性があるので注意が必要です。
MRIは、肝臓にできる癌、子宮や卵巣にできる癌など特定の癌の診断には非常に有用です。しかし結果から言うと、山本KID氏のかかっていた胃癌を診断するためにMRIを用いることはほとんどありません。
胃癌は胃カメラで直接胃の中をのぞいて診断することができますし、全身の転移などは刺青と関係なく撮影できる、X線を用いたCTやPETといった画像の検査が優先されることが多いのです。
以上より、山本KID氏に刺青があるため、MRIを撮影できず癌の診断が遅れたと言うのは無関係な話です。
若い人にも癌は起こり得るのか?
私は日常的に胃や大腸、肝臓や膵臓といった主にお腹の中の臓器に出来た癌の手術を行っており、手術した後の患者さんも再発や転移(手術した元の癌と同じ性質のものが再度同じ臓器や他の場所に発生すること)がないかどうか定期的に検査を行っています。
手術の対象となる癌患者さんの多くは、お腹の臓器にできる癌の出現しやすい年齢(好発年齢)である50代以上、特に70代辺りの患者さんが多いです。
ただし、これまで担当した患者さんの中には30代から40代の方、最も若い方に至っては癌の手術を20代前半で行った患者さんもいます。以下に国立がん研究センターによる年齢別のすべての種類の癌の罹患率(1年間に10万人あたり何例が癌と診断されるか)のデータを示します。
引用:国立がん研究センターがん対策情報センター 「がん罹患率 年齢による変化 全がん」
このグラフから分かるように割合は少ないものの、30代あたりから何らかの癌の発症は見られるようになるため、山本KID氏のように40代前半にして胃癌でなくなることもあり得るのです。
また、若い方の方が癌の進行が早いと世間ではよく言われますが、癌の進行速度はどの臓器にできたがんかにもよりますし、癌細胞の種類によることが多いです。例えば同じ胃癌でも進行が早いタイプとやや時間をかけて進行するタイプがあります。
ただし、若い方ほど持病がなく定期的に病院にかかることが少ない、もしくは仕事を休めず病院の受診が遅れてしままい進行した状態で見つかる、ということはあり得ます。
若い方であっても、体の異変が長く続くようであれば躊躇せずに病院を受診し、定期的に検診を受けることも肝心です。私も胃の調子がおかしい状態が続くときは胃カメラを受け、血便が続いたときは大腸カメラを受けています。
山本”KID”徳郁氏のがんについてのまとめ
山本KID氏の癌の種類と刺青の関連については様々な憶測が飛び交っていました。今回、多く出回っている刺青からの癌発症と言う噂や、刺青で検査ができず発見が遅れた、という話題について医師の立場から考察致しました。それでは簡単にまとめてみたいと思います。
- 刺青の器具を介して肝炎ウイルスに感染し肝細胞癌を発症することはある
- MRI検査は胃癌を診断するために撮影することはほとんどない
- 癌の発生は50代辺りから増えるが30~40代でも発生し得る
刺青から肝細胞癌を発症することはありますが、山本KID氏の死因である胃癌とは無関係ですし、MRI検査は確かに刺青があると撮影に注意が必要ですが、胃癌の診断にはほとんど用いられません。よって刺青のせいで診断が遅れたと言うのは関係ありません。
山本KID氏は若くして胃癌を発症されましたが、確率は低くても癌は若い方にも起こり得る病気です。体調不良が続く、体重が減って来た、など、変わったことがあれば躊躇せずに受診することが大切です。
最後に山本”KID”徳郁氏のご冥福をお祈りしたいと思います。